VOA村の冒険

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【B4UT Advent Calendar 2018 12/12】わたモテを読んでください

こんにちは。みしぇるです。今年もアドカレの季節がやってきました。

b4utmzi.wixsite.com

今年こそは音ゲーの記事を書こうと思ったけど、色々あって漫画について書くことにしました*1日付が1日ずれているのはご愛嬌。

皆さんは「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」(わたモテ)という作品をご存知でしょうか?

www.ganganonline.com

タイトルにもある通り、この作品を読んでほしいというのがこの記事の趣旨です。正確には、全巻読んで最新話も追ってほしいです。既にそうしている/この時点でそうしたくなったという方は目的達成ですので以下の文章を読まなくてもいいです。

また別サークルの宣伝になりますが、社会人漫画読みサークル「漫画トロピーク」の会誌にわたモテについての優れた文章が載っています(わたモテ以外もあるよ! むしろ漫画ランキングがメイン。私も少し書いてます)。興味がおありのかたはぜひ12/31の冬コミでJ14b にお越しください。

わたモテの今

上サイトの作品概要にもある通り、「わたモテ」の最初の数巻の内容*2は、モテたい(というか、親しい存在がほしい)主人公・黒木智子(もこっち)が的はずれな行動を取り続けるというギャグ漫画。しかしここで最新巻*3の表紙を見ると……

ひ、人がたくさんいる……

そう、今わたモテは青春群像劇へと変容を遂げている。

これは特に最初の数巻で読むのをやめていたという層(私もそうでした)にとって衝撃的なことだと思う。あのもこっちに友達が!?と。

しかし、「ね、意外でしょ」というだけでこの作品を勧めているのではない。以下「わたモテ」の素晴らしさ__の、ごく一部__をなるべくネタバレにならない範囲で言語化することを試みる。

わたモテの魅力①: 関係性

前述の通り、最初の数巻は(数少ない友達・弟・親戚などとの関わりはあるものの)もこっちが一人で失敗し続けるという、閉じた世界の物語だった。その世界が明確に開けるのは*48巻の修学旅行編である。表紙を見ると分かる通り、先程の13巻表紙の人物たちがここで一気に登場する。

ともかく加速度がすごい。もちろん彼女たちは初登場時からもこっちに好意的だったわけではない。しかし最初はもこっちを避けていた人物が彼女を「蠱惑」と評するようになったり(普通、女子高生の口から「蠱惑」という言葉が出てきますか? 初読時、その評価に至るまでの経緯を想像して数分間オタク笑いしてました)、女と女の関係性を見せつけられた女が目のハイライトを失ったりするまでに至る。完全に関係性のオタクを殺しに来ている。

彼女たちの関係は水面下で確実に醸成され、発展し、その速度はついには1ページごとに関係性が全く変わってしまう域に達する。初読ではそもそも何が起こっているか分からないレベルである。ただただものすごいものを見せつけられているという気分になる。

この記事では、なぜ「何が起こっているか分からな」くなるのか、ということを軸にわたモテの魅力を分析していこうと思う。

わたモテの魅力②: 多重構造

「何が起こっているか分からない」原因の1つは「密度が高い」ことだと思われる。この密度の高さを生む主な要素として前述した「関係性の加速」の他に「多重構造」があると思っている。

先程、わたモテは青春群像劇である、とやや断定気味に語った。これは間違いではない。が、わたモテの凄いところは、ギャグ漫画というベースを保っていることである。初読時は「黒木智子となかまたちがおかしなことやってるな」というギャグとして読み、2回目は「よく考えるとバチバチの」女のバトルを楽しみ……という読み方ができるのだ。

構造の多様性はギャグと関係性の二項対立にとどまらない。再び関係性に注目する。わたモテでは各話に「メインキャラクター」がすえられていることが多いが、その場合でもメインとの関係ばかりが描かれるのではない。あらゆる人物との関係性が1コマごとに描かれる(しかもかなりの重大性を持つ場合も多い)。まさに絨毯爆撃である。その最中でメインキャラクターはしっかりとメガトン級の爆弾を投下し、存在感を示していく(e.g. 喪144 )。読者は無条件降伏せざるを得ない。

このようにしっかりとした柱がありつつ、その柱を軸にして各人物の物語が交錯するのは、群像劇の醍醐味だと思う。

わたモテの魅力③: 精緻な表現

さて、上述の構造は比較的読者が感受しやすいものであった。しかし読者は人間であり*5、人間には限界がある。どうしても認識の間隙に落ち込んでしまう情報があり、その分理解が遅れてしまう。

わたモテにおける表現は非常に繊細であるがゆえに、気を抜くとすぐに見落としてしまう。これらをすべて網羅することは、少なくとも1人で読んでいるだけでは実質的に不可能である。

そこで考察勢の力を借りよう。「わたモテ 考察」とかでググるとわかるが、ブログなどに深い洞察を記してくださっている方々が何人もいる。あらゆる学問においてそうであるように、巨大な構造に触れるためには、我々は集合体となって巨人を形成し、その肩の上に立つ必要があるのだ。これからは考察勢の方々の記事を引きつつ紹介を続けるが、リンク先では当然詳細にネタバレされているので、できれば自分でわたモテを一通り読み終えてから見てほしい

我々初心者にも諒解しやすい例として、吹き出しの使い方がある。たとえば吹き出しの形がぐにゃぐにゃしているのは緊張などの感情を表しているという具合だ。それはそう、と思うかもしれないが、これが厳格に適用されていると考えると、裏を返して、「吹き出しの形がしっかりと丸い場合は緊張していない」と言うことができる。実際たとえば喪106のゆりとの会話で、挨拶時のみ吹き出しが歪んでいるが、その後はきれいな丸になっている。つまり、吹き出しが丸いことをもって打ち解けてきたことが表現されている。こういうことをサラッとやってくる。

形以外にも、どもる/どもらない・3点リーダーの有無はかなり厳格に運用されている印象がある。また(ネモのセリフに顕著だが)吹き出しが新しくなるタイミング(e.g. 喪126「言わないと返事 しないよ」・喪129「ネモって 呼んでたんだよね」)なども絶妙に計算されている。吹き出しという形態で表現できることを徹底的にやっている感じがする。

吹き出しの他にも人物の目線など枚挙に暇がないが、特にえげつないものを挙げると、たとえば人物が左右どちらに描かれているかということや、風・木の葉・花びらなどにも意味があることが考察されている。ここまでくると読者の方もなんで気付くの?という領域だが、それでも言われてみれば確かに「そう」描かれている。森羅万象が意味を持って描かれる__わたモテはそういう作品なのだ。

ここまでやられると、考察勢が血眼になってわたモテを読み込んでいることにも納得がいくだろう。さきほど「2回目」の楽しみ方ができると言ったが、3回目以降も「気づかなかった」細部に注目し、表現を考察するという読み方ができる。何度読んでも新しい発見がある。そういう作品は読んでいて楽しい。

わたモテの魅力④: 大域的構造

今までの例は比較的最近(13巻~)の回が多かった。また関係性という観点で注目していたのは8巻以降の内容であった。

では、わたモテに興味をもった皆さんは、8巻以降だけ読んでいればいいのだろうか?

答えは、明確にNo である。

端的に言えば、上の答えに至るのは、主人公・もこっちの成長が1巻からずっと読んでいて初めてわかることだから。これについてはこちらのブログに詳しい。 ameblo.jp

上の記事で比較されているのが喪20番台と喪70番台付近なので、およそ50話ごしの成長。本当にゆっくりと、だけど着実に成長している、その様子がさりげないところで描写される……グッとくるよね。繰り返しになるけどこういうエモーションをやっておきながら最終的にはギャグでまとめる、というのもすごい。

別の回では、たとえば喪115はわたモテという作品を象徴するような回だと思う。もこっちの成長・周囲との関係性が垣間見えつつ、今江先輩と邂逅。そして最後のページで喪21と繋がる。もう美しすぎるでしょ。最初の花粉症のやりとりとか、初見だと関係性を見せつけてくるなーという感じだけど、最後のコマに至った瞬間「表現」となるわけですよ。

喪21じたいはわたモテ前半の「もこっちが的はずれな行動をして失敗する(たまにちょっと救われる)」というものそのものだけど、喪115を読んでしまうともう喪21はこの瞬間のための必然だったとさえ思える。このようにわたモテでは過去現在未来の全ての時系列が強く繋がっており、時には100話近くの時を超えた関係性が描かれる。これを知ってなお先程の問を投げかける者はいないだろう。

またこのような大域的な分析の他の例として、作品全体の恐ろしいほどの一貫性が考察されている。(もこっちが飲み物を飲むときの癖とか、本当になんで気付けるの??)

ここまでの紹介により、もはや数回読んだ程度では太刀打ちのできない奥深さを内包している作品であることは明らかだろう。

結論

わたモテを読んでください。

*1:twitterで投票募ったところ漫画が一番多かった。投票ありがとうございます。

*2:アニメもこの内容に準拠。

*3:本記事作成時点

*4:後述する魅力④の内容を考えると、実際には萌芽は既に最初の数巻に埋め込まれている。

*5:期せずして「一方、作者は神である。」みたいな感じになってしまった。