VOA村の冒険

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ドラマ『銀と金』3話までの感想

こんにちは。今日はドラマ『銀と金』について話したいと思います。

銀と金』は『カイジ』で有名な福本伸行原作の漫画作品で、今期実写化されました。毎週土曜深夜0:20から放送されています。興味のある方は見てみてください。

↓公式サイト

www.tv-tokyo.co.jp

 

僕は中学生の時から福本先生のファンで、『銀と金』の原作も全巻持っています。そのため放送前の期待は非常に大きく、同じく福本好きの弟(地元在住、放送エリア外)に録画したDVDを貸す約束までしていました。

ドラマ『銀と金』は現在地上波では2話まで放送されています。僕はAmazon Primeビデオで先行配信されている3話まで見ました。現時点での評価は、もちろん良い部分と悪い部分とがあるのですが、少し悪い部分が目立つかなという印象です。5段階評価で言うなら、これからの期待をこめて3というところでしょうか。

 

~~~以下ネタバレを含みます~~~

 

まずは悪い部分について。最後に言うと後味が悪いので先に言ってしまいます。あ、巽が女になってることではないです。映画『カイジ』で遠藤が女性になったことも失敗ではなかったと思っています。(成功だとも思ってませんが)

 

何より良くないのは銀二の行動が矛盾していること、および行動が原作の雰囲気を損なっていることでしょう。

1話の病院のシーンで、銀二が廊下を歩きながら森田に「(依頼主の親を殺すことを)直接依頼されたわけではない」「こちらは察してやるだけ」「とどのつまり奴らが金でつなぎとめていたかったのは良心」といったことを話すのですが、信じられないのが、その後向かった先にいた依頼主に「なぁ?」と問いかけ、しかも依頼主も何故か頷いてしまうという展開。これでは「直接依頼した」ことになってしまい自分の数秒前の発言と矛盾しています。もちろん原作にこんなシーンはありません。

質が悪いのが、脚本・監督その他がこういう改変を意味があると思ってやっている可能性があることです。なぜなら、原作ではそもそも病院が出てきません。料亭のような場所で銀二が森田に口で説明するだけです。つまり親殺しの依頼そのものが銀二の作り話であった可能性が高いということです。にもかかわらず病院を撮影場所に設定し死にかけの老人とその息子まで用意したのは、明確な原作改変の意志があったと捉えざるを得ません。あるいは何も考えていないのか……。

他にも、これは後に述べる点とも関連しますが、1話の貸付のシーンでわざわざ屋外に出て負債者から搾り取る手口を話したり、森田への依頼金として積んだ5000万を減らしていく→何故か元に戻す、3話の伊沢の「今回はあんたに踊らされた。今度はあんたに踊ってもらう」に対し「ステップの練習でもしておきます」とアメリカ映画を見すぎた人みたいなよくわからないジョークで返したりと、原作のイメージと違う……という点が多いです。特に伊沢とのシーンは、伊沢が銀二に貸しを作ろうとしている→後の共闘を思わせる場面なので、茶化してほしくなかった……。

 

上にも少し述べましたが、不要なオリジナル要素が多いこともよくない点でしょう。正直、福本の特徴的な語りをカットしている割にはその補完がお粗末すぎる、といった印象です。たとえば1話の貸付のシーンで、原作では「絞られるか、奪われるか、殺される」という印象的なフレーズで締めているのに対し、ドラマでは「彼は死ぬつもりだったんだよ。お前は家族のために死ねるか?」(なぜか屋外で)という感じ。これは冗長になっているだけなのでまだ100歩譲って許せなくはないが、もっとひどいのは1話冒頭の森田がスパゲティにコーラをぶちまけるシーン。あれを入れる意味がわからないし、視聴者に不快感を与える点で有害。

さらに致命的なのが3話の森田逃走シーンで、何故か自転車置き場で脚を刺されるという展開。命からがらタクシーに乗って梅谷の元に向かうことになったわけだが、これは何だろうか? 裏社会に脚を踏み入れた描写だとでも言うのだろうか。というのも、原作ではすぐにタクシーがつかまり「なんという豪運」と安田が驚くのである。そう、森田は豪運キャラなのだ。その運を買われて参加する誠京麻雀は話数的にやらないつもりなのかもしれないが、大事なキャラを潰すのはどうなのか。13話でやるという有賀編も原作では銀二が信号に引っかからないことで森田が一命を取り留めるのだが、多分カットするんだろうなあ……。

 

最後に、会話シーンの場所がおかしい。何故か屋外で喋る銀二にしてもそうだし、森田を待つ場所は人気の多いバー。伊沢と会う場所はよくわからない地下駐車場。予算が足りなかったにしてももうちょっとやりようはあったんじゃないか……。

 

悪いところばかり言ったので、良いところについて。

これは時代に合ったマイナーチェンジに尽きるでしょう。わかりやすいのが、銀二が「東京オリンピック」で金を得ると言っているシーン。原作では「この国にもう一度くるあの時代(バブル)」みたいな感じ。『銀と金』が連載されていたのは1992年~1996年で、ちょうどバブルが弾けたころだったのでこのような台詞が出てきたのでしょう。ただ実際にはそんな時代は来なかったわけで、原作に準拠して1992年のまま進めるより現代に話を移したほうがやりやすかったのでしょうが、それにしてもこれは上手いな、と思いました。

他にも、伊沢にテープを渡すシーンで、原作では本命のカセットテープを再生機の裏側に忍ばせておいて伊沢に渡したのはダミー、というところを、ドラマでは「スマホで伊沢の声ごと録音」としている。確かに今時カセットテープおよびその再生機など不審物以外の何物でもなく、したがって原作のトリックが使えないわけで、そこをうまく解決したなあという印象。しかも伊沢の言質まで取れているのである意味原作より完成度が高い。同様の理由でインターホンにスプレーを吹きかけたのも上手い。今時のインターホンはカメラとセットになっているものが少なくないので、声だけで別人と勘違いさせるためには絶対に必要だった行為だ。

にしても、こういう細かいところには気が回るのに、なんで明らかな問題点を放置するんだ……?

よくわからないけど、こういう細かい部分への丁寧な配慮がもっと全体に行き届けば良いドラマになる可能性はあると思います。はじめに「これからの期待をこめて……」と書いたのはその意味です。

 

長々と書きましたが、もちろん総合的な評価はこれ以降も見てみないとわかりません。不安半分、期待半分で見届けることにします。

さて、僕は試験が近いのでそろそろ勉強します。こんな文を書いている場合じゃないんだよなあ……。