VOA村の冒険

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VOAと共形ネット⑤ 共形ネットの定義

こんにちは。だいぶ時間が空いてしまいましたが、VOAと共形ネットシリーズのつづきです。

さて、前回はHaag-Kastler ネットを定義しました。

michelidea.hatenablog.com

今回はそのchiral 2d CFT 版である共形ネットを定義します。前回「chiral 2d CFT の考え方を説明する」というような意味の大きい文章を書いてしまいましたが、ここでは共形ネットを定義するのに必要最低限の考えを述べるに留めます(私自身CFT は勉強中なので……)。

まず、「2d」の部分から。今まで時空としては \( d \) 次元Minkowski 空間 \( \mathcal{M} \) を考えてきました。最も自然に思えるのは空間3次元+時間1次元の \( d=4 \) でしょうが、実はこの設定は非常に難しいそうで、その代わりに空間1次元+時間1次元の \( d=2 \) の場合がよく調べられています。そんなもの調べて意味があるのか、と言われると、滅茶苦茶あるのですが、その紹介はまた今度することにして、とりあえず「次元が下がると扱いやすそうなので最低の \( d=2 \) まで下げてみる」ということにしましょう。

すると \( |x|^{2} = x_{0}^2 - x_{1}^2 \) となり、 \begin{align*} t = x_{0} - x_{1}, \quad \bar{t} = x_{0} + x_{1} \end{align*} というふうに座標を取り直すと、 \( |x|^{2} = t \bar{t} \) という簡単な形になります。この座標を光円錐座標(light cone coordinate)といいます。

「chiral」について。光円錐座標において \( t \) と \( \bar{t} \) は対称になっています。そのことをエネルギー運動量作用素で見てみましょう。 \( d=2 \) のエネルギー運動量作用素は \begin{align*} U(a,1) = \exp \left[ i \left( a_{0} P_{0} + a_{1} P_{1} \right) \right] \end{align*} で定義されます。これを光円錐座標で書き換えることを考えましょう。そのために新たな作用素 \begin{align*} P = \frac{1}{2} ( P_{0} - P_{1}) , \quad \bar{P} = \frac{1}{2} ( P_{0} + P_{1}) \end{align*} を導入すると、 \( a \) を光円錐座標で表したものを \( q,\bar{q} \) として \begin{align*} U(a,1) = \exp \left[ i \left( qP + \bar{q} \bar{P} \right) \right] \end{align*} と、全く同じ形で書けることがわかります。更にスペクトル条件は「 \( P,\bar{P} \) の同時スペクトルが \( t \ge 0, \bar{t} \ge 0 \) の領域に含まれる」こととなり、対称な形となります。

そこで、 \( t \) のみについて更に詳しく考えることにします。このようにして得られる理論をカイラル(chiral)な理論といいます。

「CFT」について。共形場理論(conformal field theory, CFT)とは、通常のQFTにくらべて高い対称性(共形対称性(conformal symmetry))を持つ理論のことです。通常のQFTの対称性というのは $\bar{\mathfrak{P}}$ でした。一方で、 $\bar{\mathfrak{P}}$ は $\mathcal{M}$ の計量が保たれるという条件から出てくるものでした。したがって、 $\bar{\mathfrak{P}}$ より大きい対称性を得るためには、計量を保つという条件を緩める必要があります。

そこで、計量の「符号」が保たれればよいと思いましょう*1。すると、各点 $x \in \mathcal{M}$ で適当な関数 $\Omega$ によるスケール変換 \begin{align*} g \mapsto \Omega^2 (x) g \quad (\alpha \neq 0, \ \alpha \in \mathbb{R}) \end{align*} も許されます*2。このような変換を共形変換(conformal transformation)と呼びます。さらに共形変換は群(共形変換群(conformal group))をなすとしましょう。定義から共形変換群は $\bar{\mathfrak{P}}$ を含みます。

2元 $A,B \in \mathcal{M}$ 間の角度 $\theta$ は \begin{align*} \cos \theta = \frac{A \cdot B}{|A||B|} \end{align*} より共形変換で不変であることがわかります。すなわち、共形変換とは等角写像であるといえます。

さて、これら3つを合わせて「chiral 2d CFT」を考えます。2次元の共形変換を考えると、2次元の等角写像ですから $\mathbb{C} \cup \{ \infty \}$ 上の正則関数で表現できないかと期待されます。実際これは $x_0, x_1$ をそれぞれ $t$ の実部、虚部のように考えるとうまくいきます*3

共形変換群はどうなるでしょうか? 群ということは逆元の存在が要請されるので、任意の正則関数がこれに入るわけではありません。たとえば真性特異点があったりすると特異点の近傍だけで $\mathbb{C} \cup \{ \infty \}$ を全部走ってしまうので可逆になりません。同様に零点あるいは極が2つ以上あると可逆になりません。したがって、共形変換は一次分数変換 \begin{align*} f(t) = \frac{at+b}{ct+d} \quad (a,b,c,d \in \mathbb{C}) \end{align*} で表されることがわかります。一次分数変換のうち可逆なものを $\mathbb{C}$ 上のMöbius 変換と呼びます。

以上より、2次元の共形変換はMöbius 変換であることがわかりました。Möbius 変換群が具体的にどうなるか見てみましょう。

\begin{align*} f(t) = \left( \begin{array}{cc} a & b \\ c & d \end{array} \right) \cdot t = \frac{at+b}{ct+d} \end{align*} のようにかくと、これは一般線形群 $GL(2,\mathbb{C})$ の群作用を与えます。この行列を定数倍したものは同じ変換を与えることから、 $GL(2,\mathbb{C})$ の元を定数倍で同一視した射影特殊線型群 $PSL(2,\mathbb{C}) = SL(2,\mathbb{C})/\mathbb{Z}_2$ がMöbius 変換群となります。

これでひとまずMöbius 変換群が求まりました。以上の議論をchiralにしましょう。

$t$ のみを考えて1次元にしたいわけですが、いま無限遠点も含めて変換を考えているので1点コンパクト化して $S^1$ にしたほうが都合が良いです。1点コンパクト化は \begin{align*} t \mapsto z = \frac{1+it}{1-it} \end{align*} により行われます。ただし、$S^1$ は $\mathbb{C}$ に埋め込んで考えています*4

ここで、Möbius 変換を行ってから1点コンパクト化を行うと \begin{align*} t \mapsto f(t) \mapsto \frac{1+if(t)}{1-if(t)} = \frac{d+ib+(c+ia)t}{d-bi+(c-ia)t} \end{align*} となりますが、$\alpha + \beta = d+ib, \alpha - \beta = a - ci$ とおくと \begin{align*} \frac{d+ib+(c+ia)t}{d-bi+(c-ia)t} &= \frac{ \alpha + \beta + i(\alpha - \beta)t }{ \bar{\alpha} + \bar{\beta} - i(\bar{\alpha}-\bar{\beta})t } = \frac{ \alpha \left( \frac{1+it}{1-it} \right)+ \beta }{ \bar{\beta} \left( \frac{1+it}{1-it} \right) + \bar{\alpha}} \\ &= \frac{ \alpha z+ \beta }{ \bar{\beta} z + \bar{\alpha}} = \left( \begin{array}{cc} \alpha & \beta \\ \bar{\beta} & \bar{\alpha} \end{array} \right) \cdot z \end{align*} となり、一次分数変換になっています。これを $S^1$ 上のMöbius 変換とよび、$S^1$ 上のMöbius 変換群を $\mathbf{M \ddot{o} b}$ とかきます。

定数倍が同じ変換を与えることから特に行列式 $|\alpha|^2 - |\beta|^2 = 1$ と選ぶと \begin{align*} \left( \begin{array}{cc} \alpha & \beta \\ \bar{\beta} & \bar{\alpha} \end{array} \right)^\ast \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) \left( \begin{array}{cc} \alpha & \beta \\ \bar{\beta} & \bar{\alpha} \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{array} \right) \end{align*} を満たしていることがわかります。すなわち、 $\mathbf{M \ddot{o} b}$ は射影特殊擬ユニタリ群 $P SU(1,1)$ に同型となります。

要約. Chiral 2d CFT とは $\mathbf{M \ddot{o} b} \cong P SU(1,1)$ の作用で共変な $S^1$ 上のQFTである。

さて、前回導入したHaag-Kastler ネットがどのようにchiral 2d CFTに翻訳されるか考えましょう。

まず領域の概念について。いま時空がコンパクト化されて $S^1$ になっているので、領域に対応する新しい概念を再定義します。

定義(区間). $S^1$ 内の区間(interval) $I$ とは、$S^1$ の連結非空開集合であって稠密でないものとする。

以前は「閉包がコンパクト」という条件でしたが、今はそもそも $S^1$ がコンパクトなので「稠密でない」というふうに変更を受けています。

4つの公理について検討しましょう。1.Isotony はそのまま要請されます。2.Locality については「space-likeに離れた」というのが $S^1$ でどうなるか考える必要がありますが、1次元なのでこれは単に共通部分がないという意味になります。

3.Covariance については $\mathbf{M \ddot{o} b}$ の表現を考える必要があります。エネルギー運動量作用素は並進の表現を考えることで出てきたわけですが、いま時空が $S^1$ なので並進は $S^1$ 上の回転になります。この回転を $\gamma$ とかくと、記事の前半でchiralな理論について説明したように $U(\gamma) = \exp(iqL_0)$ のような形で書けます。この際、スペクトル条件が $L_0 \ge 0$ に置き換わることに注意してください。この $L_0$ を共形ハミルトニアン(conformal Hamiltonian)といいます。

4.Cyclicity についてはそのまま要請されます。

以上の議論をまとめると以下のようになります。

定義(Möbius 共変ネット). $S^1$ 上のMöbius 共変ネット(Möbius covariant net)とは、複素Hilbert 空間 $\mathcal{H}$ 、真空 $\Omega$ 、$\mathbf{M \ddot{o} b}$ の $\mathcal{H}$ 上の強連続ユニタリ表現 $U$ 、$S^1$ 内の区間からvon Neumann 代数への対応 $I \mapsto \mathcal{A}(I)$ の4つ組 $(\mathcal{H},\Omega, U, \mathcal{A})$ であって以下の公理を満たすものである。ただし、$S^1$ 内の区間全体を $\mathcal{J}$ とかく。

1.(Isotony) $I_1 \subset I_2 \Rightarrow \mathcal{A}(I_1) \subset \mathcal{A}(I_2), \quad I_1,I_2 \in \mathcal{J}$

2.(Locality) $I_1 \cap I_2 = \emptyset \Rightarrow \left[ \mathcal{A}(I_1) , \mathcal{A}(I_2) \right] = 0, \quad I_1,I_2 \in \mathcal{J}$

3.(Möbius covariance) $U(\gamma)\mathcal{A}(I)U(\gamma)^\ast = \mathcal{A}(\gamma I), \quad \gamma \in \mathbf{M \ddot{o} b}, \ I \in \mathcal{J}$

4.(Positivity of the energy) 共形ハミルトニアン $L_0$ について $L_0 \ge 0$

5.(Cyclicity of the vacuum) 真空 $\Omega$ は $U$ -不変で $\bigvee_{I \in \mathcal{J}} \mathcal{A}(I)$ についてcyclic

ここでやっと共形ネットの定義に入ることができます。共形ネットはMöbius 共変ネットの中でも最大の対称性をもつものです。いくつか記号の定義をしましょう。

定義. $I \in \mathcal{J}$ について $S^1 \backslash I$ の内部を $I'$ とかく。

定義. $S^1$ 上の向きを保つ微分同型 $\gamma$ で $\gamma(z) = z, \ \forall z \in I'$ となるもの全体がなす群を $\mathrm{Diff}(I)$ とかく。

つまり $S^1$ 上の変換の中でも $I$ にだけ効いてくる( $I'$ 上で恒等写像になる)ようなものを $\mathrm{Diff}(I)$ とよぶわけです。

定義. $S^1$ 上の向きを保つ微分同型全体のなす群を $\mathrm{Diff}^+ (S^1)$ とかく*5

$\mathbf{M \ddot{o} b}$ は $\mathrm{Diff}^+ (S^1)$ の部分群です。そこで、$U$ を $\mathrm{Diff}^+ (S^1)$ の表現に拡張することを考えましょう。この際共変性が同じ形で要請されますが、 $I \in \mathcal{J}$ 上で $\mathrm{Diff}(I') \subset \mathrm{Diff}^+ (S^1)$ の作用が自明であることから、$\mathcal{A}(I)$ の元は $\mathrm{Diff}(I')$ の作用で不変であることを加えて要請します。

定義(共形ネット). 共形ネット(conformal net)とは、$S^1$ 上のMöbius 共変ネットであってさらに以下の公理を満たすものである。

6.(Conformal covariance) $U$ を $\mathrm{Diff}^+ (S^1)$ の $\mathcal{H}$ 上の強連続ユニタリ射影表現に拡張することができ*6、任意の $I \in \mathcal{J}$ に対し \begin{align*} U(\gamma)\mathcal{A}(I)U(\gamma)^\ast &= \mathcal{A}(\gamma I), \quad \gamma \in \mathrm{Diff}^+ (S^1) \\ U(\gamma)A U(\gamma)^\ast &= A, \quad A \in \mathcal{A}(I), \ \gamma \in \mathrm{Diff}(I') \end{align*} を満たすようにできる。

やっとこの「VOAと共形ネット」シリーズの主題の1つである共形ネットを定義することができました……。誤解のないように言っておくと、数学的にはここが議論の出発点です。つまり、今までの話は「なぜ共形ネットを考えるか?」について物理的な視点から説明したものであって、共形ネット自体はWightman の公理ともHaag-Kastler ネットとも独立な数学的対象であるわけです。しかしもちろん、「共形ネットは chiral 2d CFT における smeared fields のなす代数と思える」という物理的なイメージも大事です。

共形ネットが定義できたので、次回はVOAを定義しようと思います。 更新はいつになるかわかりませんが……。

参考文献

  1. Victor Kac. Vertex Algebras for Beginners. 2nd ed., American Mathematical Society, 1998, (University Lecture Series, 10).
  2. 伊藤克司. 共形場理論: 現代数理物理の基礎として. サイエンス社, 2011, (SGCライブラリ, 83).
  3. Joshua D. Qualls. Lectures on Conformal Field Theory. arXiv:1511.04074v2 [hep-th] .
  4. Sebastiano Carpi et al. From vertex operator algebras to conformal nets and back. arXiv:1503.01260v3 [math.OA] .

CFTについては[1][2][3]を参考にしました。共形ネットについては[4]を参照。

*1:これは物理的には因果が保たれることを意味します。

*2:計量 $g = \mathrm{diag}(1,-1,\cdots,-1)$

*3:この考えのもとで $\bar{t}$ は $t$ の複素共役と思えます。

*4:この場合、$|z|=1$ となっているので、たしかに $S^1$ に入っています。

*5: $\mathrm{Diff}(I)$ に $^+$ がついてないのは多分ただの慣例。

*6:ここで表現でなく射影表現となっているのは、 $\mathrm{Diff}^+ (S^1)$ が単連結でないため、Poincaré 群のときと同じ状況になるから。