院試体験談
みしぇるです。今日は院試を受けるにあたってどんなことをしたか紹介しようと思います。よければ参考にしてください。
(書いてみたら思ったよりまとまりがなく箇条書きが多くなってしまったので、取捨選択して読んでください!)
経緯
みしぇるは物理学科に所属しており、2017年夏の院試でも物理系の研究室に内定した。しかし心境の変化があり、内定を辞退して休学し、数理科学研究科を受けることにした。2018年夏の院試で無事合格した。
数理科学研究科の院試に必要な知識
3年分の過去問はここ
平成31(2019)年度修士課程入学試験について | 東京大学大学院数理科学研究科理学部数学科・理学部数学科
で公開されています。また、それより昔の過去問については
に上がっています。
見るとわかるように、科目は英語・専門A・専門Bの3つです。順に説明していきます。
英語は、数学に関する文章の和訳・英訳です。これは普段から英語で数学書を読んでいれば大丈夫だと思います。私は特に対策しませんでしたが、問題ありませんでした。
専門Aは教養の微積分・線型代数が必答で、(数学科B2の必修に対応していると思われる)関数論・集合位相・常微分方程式・(やや難しい)線型代数などの問題から2問選択します。
これが問題によっては意外と難しいと感じました。実際本番でやらかしました(小声)。 数学科必修レベルの話ではあるので、こういうのをどの問題でも安定して解けるくらいには理解しておいたほうが良いんだろうなあとは思います。が、私は間に合いませんでした。とりあえず院試を通過するという目標のもとでは、必答がまあまあ解けて選択もうまく問題を選べれば解ける、という状態を目指せばよいのではないでしょうか。
過去問からも感じられることですが、たとえば関数論を選択するなら留数解析ができるだけだと心もとなくて、Roucheの定理などもやっておく必要があると思います。またODEを選択するなら、簡単なODEが解けるだけではだめで、解の存在や一意性・極限での振る舞いを調べられるようにしておく必要があると思います。このように、ちょっとかじったくらいだとだめで、半期の授業をきちんと終えた程度に理解する必要があると思われます。私はだめな方でした。
専門Bは、数学科B3~B4でやる内容に対応する問題を3問選びます。代数・幾何・解析・応用に大別して各分野で3~4問ありますから、自分が志望する分野さえきちんとできればOKということです(もちろん複数分野から1問ずつというのもありだと思いますが、たとえば僕のような他分野からの受験には向かない戦略だと思います)。よって、あらかじめ自分の志望分野&だいたいどの問題を解くかを決めておくのが良いと思います。私は
と決めていました。本番もだいたいそのような感じになりました。
上の項目を見るとなんとなくわかるように、私は解析分野の志望でした。なのでこれ以降の内容は主に解析志望者を想定したものになります。
解析で(院試に)必要な知識
過去問を見た感じ(そんなにたくさん過去問は解かなかったので、なんとなくの感触ですが)
- 測度の定義・基本性質
- Lebesgueの収束定理
- Fubiniの定理
- Lp 空間 (Hölderの不等式とか)
- Banach空間上の線形作用素の有界性
- Hahn-Banachの拡張定理
- 双対空間 (Lpの双対がLqだとか)
- Hilbert空間の完全正規直交系 (Fourier展開, Parsevalの等式など)
あたりは知らないと詰むラインっぽいです。(まあ実際基礎的な内容。)
院試に出るかはわかりませんが、東大数学科のカリキュラムを見てると、上の内容に加えてBanach-AlaogluとかCompact/Fredholm 作用素(Fredholmの択一定理など)とかもやっておいたほうが無難かも。
スペクトル理論は多分出ないっぽい? 東大数学科でもB4後期の授業だし。まあどうせ院試とか関係なく必要なんですけど。
休学を決断する前から持っていた数学の知識
- 教養レベルの微積分・線型代数 (授業を受けただけ)
- 複素解析 (授業だけ・まともにできるのは留数解析くらい)
- 代数 (雪江代数1,2 を自習。授業も受けた)
- 多様体 (自主ゼミ・松島)
- 集合・位相 (自主ゼミ・松坂)
- Lebesgue積分論 (自主ゼミ・伊藤)
- Lie群/Lie環の表現論 (自主ゼミ・島、授業も受けた)
- Hilbert空間上の線形作用素 (日合-柳の前半を自習。有界自己共役作用素のスペクトル分解くらいまで)
パッと見多いように見えるかもしれませんが、当時「理解していた」とは言い難いものばかりです。なので「わりと数学が好きでそこそこやったりもしたけど別に数学がよくできるわけではない人」くらいに思ってくれればよいと思います。
ただし、(これは偶然によるところが大きいのですが)「伊藤」と「日合柳」がリスト内にあることがかなり有利に働いたように思います。
「伊藤」は有名な伊藤ルベーグで、測度論・Lebesgue積分論・Lp空間・Fourier解析などを扱っている本です。
「日合柳」はHilbert空間上の線形作用素の本で、最初の2章でHilbert空間論の基礎をやり、3章でスペクトル理論(非有界も)、4章・6章でCompact/Fredholm作用素を扱います。
要するに、前述の「解析で必要とされる知識」で挙げたことがかなり載っているわけです。
もちろん、何度も言うように当時本の内容をすべて理解していたということではありません(というか、今でも理解できていない箇所があります)。しかし、だいたいどんな概念や定理があって……などは知っているわけで、完全初見で挑むよりかなりスムーズに学習を進められたと思います。この点は運に恵まれました。
休学決断~受験までに勉強したこと
- まず杉浦解析でB1の微積分を徹底的に復習。
→線形代数よりも理解度が低いと感じたので。結果として位相の復習にもなった。
本当にみっちりやったので、これだけで4ヶ月くらい使った。
- 量子群の自主ゼミに参加。
これは物理学科の人たちと。Lie環の表現論の復習にもなった。
始めたのが春休みくらい。結局院試直前までやっていた。
関数解析。日合柳がメイン。
共形場理論の自主ゼミに参加。
→これは院試には直接影響しなかったけど、専門にしたい分野なので参加して良かった。また、発表の際にmodular formについて勉強した。
まあ他にも多様体の復習したりとかしましたが、要するに
- 物理学科の同期と繋がりを保ち、数物っぽいことをやりつつ
- 院試(とその後の研究)に必要になる解析の基礎を徹底的に固めた
ということです。
この方法は正解だったと思っています。第一に、院試の問題はちゃんと分かっていないと解けないレベル(だと思う)+前述のとおり自分の専門さえできればよいという状況なので、「広く浅く」より断然「狭く深く」やるべきだからです(もちろん広く深くやれたら言うことはない)。第二に、そもそも深くやっている分野がなければ研究に入れないからです。解析という一つの分野に集中して勉強したおかげで、いまのより発展的な勉強にスムーズに移行できたと思っています(たとえば院試と関係なくスペクトル理論の勉強をしていてよかったと感じる)。私のような他分野出身の人間にとってこの点は重要に思えます。最後に、やっぱり物理の人たちと縁が切れなくてよかった。
勉強のしかた
私が参考にしたのは以下の有名な文章です。
さっき「徹底的に」と書いた部分はこれをやっています。つまり、(誰かに聞かせるわけではないので発表時間の調整などはありませんが)完全にギャップを埋めて、脳内だけで再構築できるようにするということです。人にもよるかもしれませんが、私はこれをやるのとやらないのとではえらい違いだと感じました(特に私はこういうことに関して怠惰でした。反省。)。しかし当然膨大な時間がかかるので、学習したすべての内容についてこんなことはできなかったのですが、それでも得たものは大きかったと思います。
今はもう使ってませんが、理学書の内容をこれこれこういうふうに理解した、というのを記録しておくのに、Studyplusというアプリが便利でした。
自分の勉強時間もわかりますし、他にやっている人がいるとその人達のアクティビティもわかるのでモチベになると思います。
あと、サークルの後輩がDiscordに自習用のチャンネルを作ってくれたので、そこに思考をだらーっと入力することをやっていました(今もやっています)。まとまってなくても言語化しておけばあとで忘れたときに参照できて便利なんですよね。
ところで脳内だけで数学をする習慣がつくと、徒歩での移動中とか入浴中・食事中なども数学ができるようになり*1、微妙な時間も有効活用できるようになります。一石二鳥ですね。たとえば私は電車内で理学書を読み、電車から降りて歩いている間に再構築を試みるということをやっていました。
理解度の確認は演習問題によって行いました。図書館で演習書をたくさん借りたりもしましたが、メインは以下で公開されている演習問題でした。
時間内に何問解けて何点だったというのを記録してやってました。時間を過ぎてもわからないものは素直に解答を見て理解しました。
最後に
- 東大数理の院試は内部生でも落ちるという試験です。しかしその事実はむしろ、私たちのような外部の人間からすると、試験が公正に行われていることの証左に思えます。(むろん、今になってそういうことを言うのは簡単で、試験前は不安で仕方ありませんでした。)
- 試験前、試験についての色々な(根も葉もない)「噂」が流れていました。心を惑わされないようにしましょう。
少しでも参考になれば幸いです。それではまた。
参考文献
- [杉浦] 杉浦光夫. 解析入門I. 東京大学出版会, 1980, (基礎数学, 2).
- [伊藤] 伊藤清三. ルベーグ積分入門. 裳華房, 1963, (数学選書, 4).
- [日合柳] 日合文雄, 柳研二郎. ヒルベルト空間と線型作用素. 牧野書店, 1995, (数理情報科学シリーズ, 10).
- [松島] 松島与三. 多様体入門. 裳華房, 1965, (数学選書, 5).
- [松坂] 松坂和夫. 集合・位相入門. 岩波書店, 1968.
- [島] 島和久. 連続群とその表現. 岩波書店, 1981.
- [量子群] 神保道夫. 量子群とヤン・バクスター方程式. 丸善書店, 2012, (シュプリンガー現代数学シリーズ).
- [共形場] 江口徹, 菅原祐二. 共形場理論. 岩波書店, 2015.
*1:食事中は食事に集中すべきだと思う